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【採択論文紹介・博士インターン】「飛び出し」で顧客からの注目を集めるポスターデバイス (ACM ISS 2024)
Interactive Agentチームにてインターンシップに参加していた筑波大学大学院の田中 康二郎です.
Interactive Agentチームは,デジタルマーケティングにおけるHCI (ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)の研究開発に取り組んでおり,研究テーマの一つとして,ユーザの体験向上を目的とした新しい広告メディアの発明を行っています.
リサーチインターンシップにおいて,私は形状変化型の新しい広告メディアに取り組み,そして先日,研究成果がHCIに関する国際会議ACM ISS 2024にて採択されました.この記事では,リサーチインターンシップでの研究内容について紹介します.
Popping-Up Poster: 形状変化型ポスターデバイス
Popping-Up Poster: A Pin-Based Promotional Poster Device for Engaging Customers through Physical Shape Transformation
Kojiro Tanaka, Yuki Okafuji, Takuya Iwamoto
ACM International Conference on Interactive Surfaces and Spaces 2024 (ACM ISS 2024)
研究背景
商業施設では,商品の販売促進の一環としてポスターやデジタルサイネージが活用され,画像やアニメーションを用いた広告メディアが展開されています.しかし,こうした商業施設では,広告メディアや照明装飾といったビジュアル要素が溢れており,お客様が無意識のうちに広告を無視してしまう現象が広告研究で指摘されています.この現象は,特にディスプレイ装置において Display Blindness として知られています(図1).
こうした課題に対応するため,過去の研究では映像や音声表現を工夫する手法が提案されてきましたが,商業施設のビジュアルやサウンド要素が飽和状態にある環境では,それらの効果が埋もれてしまう可能性があります.そこで我々は,商業施設でもお客様の注目を集めやすく,商品情報を効果的に伝えられる新しい広告メディアの創出を目指しました.
図1: Display Blindness
提案手法
映像や音以外の方法でお客様の注目を集める手段として,本研究では 「飛び出し機構」 に着目しました.例えば,図2のような鳩時計はその代表例です.何もない状態から鳩が飛び出すことで,それまで意識していなかった時計に反射的に注意が向きます.
図2: 鳩時計の飛び出し
このアイデアを応用し,文字や画像が飛び出すポスターデバイス Popping-Up Poster をデザインしました(図3).ポスターにはドア状の切れ込みがあり,その裏側に配置された正方形のピンが飛び出す仕組みです(図4).これにより,紙製のポスターながら物理的な形状変化を伴うアニメーションを実現し,注目を集めやすい広告メディアを実装しました.
図3: Popping-Up Poster
図4: Popping-Up Posterの内部構造
フィールド実験
提案するPopping-Up Poster が顧客の購買行動に良い影響を与えるかを検証するため,大阪の商業施設 グランフロント大阪内のカフェ「CAFE Lab.」 に設置してフィールド実験を実施しました.実験では,カフェで販売されている「さつま芋のクリームチーズケーキ」を推薦商品として,ケーキショーケース上に広告メディアを配置しました(図5).
図5: フィールド実験の様子
従来の広告メディアと効果を比較するために,提案手法を加え,以下の条件のもと実験を行いました.
- 通常の紙のポスター (Static Poster)
- 静止画を表示するデジタルサイネージ (Static Digital Signage)
- 動画を表示するデジタルサイネージ (Dynamic Digital Signage)
- 提案手法 (Popping-Up Poster)
そして,各広告メディアごとのお客様の行動を,カメラで撮影した動画データと売上データを用いて評価しました.(なお,実験中はカメラ撮影を行っていることをお客様に周知しています.)
その結果,飛び出し機構を持つ Popping-Up Poster は,他の広告メディアと比較して顧客の注目を集めやすく,推薦商品を選ぶ機会を増やす効果があることが確認されました.図6に,広告メディア別のお客様の行動に関する実験結果をまとめています.ここでは,お客様の行動を 「気付きフェーズ → 関心フェーズ → 購入フェーズ」 の3段階に分類し,それぞれ 視認率・指差し率・推薦商品の売上率 を指標として評価しました.
気付きフェーズ・関心フェーズ においては,提案手法である Popping-Up Poster が他の広告メディアと比べて統計的に有意な差を示し,お客様の注目を集めやすいことが明らかになりました.一方で,購入フェーズ では,Popping-Up Poster と他の広告メディアとの間に有意差は見られませんでした.しかし,広告メディアを設置しない「No Media」の条件を追加した場合,Popping-Up Poster のみが No Media と有意な差を示しました.つまり,従来の広告メディアよりも Popping-Up Poster を設置した方が,お客様が推薦商品を選択する可能性が示唆されました.
図6: 実験におけるお客様の行動の実験結果
また,Popping-Up Poster で推薦された商品は,お客様の記憶にも残りやすい可能性 が示唆されました.図7は,カフェを利用していたランダムなお客様に協力いただいたアンケートの結果を示しています.このアンケートにおいてPopping-Up Posterの条件では,協力者全員が広告メディアの存在を認識し,さらに 8割の方が推薦されていた商品を記憶していることが分かりました.この結果は,一部の他の広告メディアの条件と比較しても,統計的に有意な差が確認されました.
図7: 実験におけるお客様へのアンケートの実験結果
この結果から,Popping-Up Poster は他の広告メディアと比べて推薦効果が高い可能性があることが示されました.ただし,この効果は 実験環境や推薦商品の種類によって変動する可能性があるほか,提案手法自体の新規性による影響も考えられます.そのため,より汎用的な効果を検証するには,さまざまな環境や商品を対象とし,長期間の実験を行うことが必要です.
まとめ
本研究では,従来のポスターに飛び出し機構を組み込んだ新たな広告メディア “Popping-Up Poster” を提案し,実験を通じて商品推薦効果の可能性を明らかにしました.形状変化による販促効果にはさらに発展の余地があり,今後も継続して検証を進めていきたいと考えています.
また,リサーチインターンシップの経験を振り返ると,自分の専門性を活かしながら研究を進められた点が良かったです.私の専門分野はHCIの中でも形状変化型メディアですが,インターン開始時点では広告研究への知識が浅い状態でした.しかし,メンターと議論を重ねる中で,自身の専門分野とサイバーエージェントが得意とする広告研究との接点を見出すことができ,新しい分野の経験を積むと同時に,自分の専門性に対する自信も深めることができました.
もし AI Lab のリサーチインターンシップに興味があれば,毎年募集が行われており,カジュアル面談も可能なので,ぜひ応募してみてください.
おまけ: ACM ISSのProceedingsについて
この研究で発表を行った国際会議ACM ISSは通常の国際会議とは少し異なる性質があり,今回おまけとして追記します.
ACM ISSの国際会議は他の国際会議とは異なり,採択された論文はProceedingsとしてパブリッシュされるのですが,このProceedingsはJournalとして扱われます.
これは,ACMから発行されるProceedings of the ACM (PACM)から由来しています.PACMとは,2017年から発行されているJournalシリーズです.情報系ならご存知の通り,研究成果がJournalよりもProceedingsの方が影響が強くなりがちですが,Journalの方が影響が強い他の研究分野に対しても研究成果のプレゼンスを強めるために,PACMが作られたようです.
Introducing Proceedings of the ACM: https://www.acm.org/publications/pacm/introducing-pacm
ACM ISSで採択された論文は,PACMの中でもHCIの領域にフォーカスを当てた,Proceedings of the ACM Human-Computer Interaction (PACMHCI)のISS特集号として掲載されます.他にもCSCWやCHI PLAYもこのPACMHCIに含まれています.
このPACMがJournalであるという根拠としてACMは,原稿の査読にJournalモデルを利用している点をあげており,ACM ISSは2月と7月の1年に2回論文募集を行っています.私の場合,図8のようなスケジュールで進んでいました.
図8: 論文投稿スケジュール
Proceedings形式ではありますが,Major Revisionを含むこのスケジュール感は確かにJournalに近い特徴を有しています.また参考までに,ACM ISS 2024の採択率もご紹介します.
- Overall
- 120 Submissions
- 29 Papers (24.2%) were accepted
- 1st Round (Feb.)
- 51 Submissions
- 11 Papers (21.6%) were accepted after a minor revision
- 18 Papers (35.3%) got a major revision for 2nd Round
- 2nd Round (Jul.)
- 69 Submissions
- 18 Papers (26.1%) were accepted after a minor revision
- 29 Papers (42%) got a major revision for the next ISS’25
以上,このACM ISSの情報が,今後投稿を検討される方々のお役に立てば幸いです.
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